【本当に必要?】論理的思考が求められる理由

論理的思考とは「筋道を立てて考える思考」のこと
物事を感情や思い込みだけで判断せず、筋道を立てて考える力、それが論理的思考です。
しばしば、(ロジカルシンキング)という名前で耳にすることも増えてきました。
また、論理的思考を鍛えることが必要だという声も耳にすることも増えてきました。
論理的思考ができるとかっこいいという漠然としたイメージを抱いている人や、
それができたらどのようなメリットがあるのかをイマイチ理解していない人もいると思います。
論理的思考については社会に出たら必要になるぞと言われることも増えてきます。
筆者自身も就活を始めた時は本当によく言われました。
ではなぜそもそも論理的思考自体が必要なのでしょうか。
論理的思考の必要性は再現性が高く、会話に便利
私たちが思考する時にはいろいろな思考法があります。しかし、なぜこれだけ論理的思考が必要だと言われ続けるのでしょうか。
論理的思考は誰がやっても似たような結果になる
論理的思考の必要性を例を見ながら一緒に考えてみましょう。
例えば、友達と旅行先を決めるとします。いくつかの候補から行き先を決めるとします。
あなたは友達と話し合いながら、場所を絞らないといけません。予算は1万円です。
候補には北海道、京都、ハワイが上がっています。

この時、論理的思考がなかったらどうなるでしょうか。
もっというならば、ハワイが現実的な候補ではないことに気づくことが出来るでしょうか。
論理的思考をすることによってハワイを候補から除外することができます。
10万円でハワイは厳しいだろうから、候補から外そう。行きたいけど我慢しよう。
これが論理的思考の根本となるものです。
感情を抑制し、10万円という制約から現実的な部分を考える。友人も論理的思考ができれば、ハワイが予算的に厳しいという意見に同意してくれるでしょう。
個人的には大好きですが、「面白そうだから行こう!」は論理的思考ではありません。
ここから気付いた人ももういるかもしれません。
論理的思考は大抵「誰がやっても同じ答え」になります。
つまり、再現性が高いのです。
論理的思考という言語は、会社で円滑なコミュニケーションを取るのに必要
組織では論理的思考が必要なであることは、今までの納得していただけると思います。
組織では全員が同じように動くことを期待しています。そのためにマニュアルなどがあるわけです。全員がある程度同じ動き方をしてもらう必要があります。
論理的思考は全員が似た結論に至るというメリットがありましたね。これは組織と非常に相性がいいです。

組織としてまとまりが必要な以上、共通の基盤を持っておくことはとても大事です。
論理的思考というのは筆者のイメージだともはや「言語」に近いです。
職場で各々が好きな言語を喋っていると意思疎通は難しいでしょう。
論理的思考という共通言語を持っておくことで、会社でのコミュニケーションは円滑になります。
筆者が思う論理的思考を鍛える方法は4種類ある
鍛える方法は、主に2種類あると考えています。思考力そのものを鍛えることと、論理性を上げる方法です。
思考力を上げるための方法については以前書いたこちらのブログを見ていただければと思います。

今回は論理性を上げる方法を4つ選んで書いていければと思います。
自身の思考を構築するベースとなる「知識」をつける
いくら筋道を立てて話すことができても、それの元となる知識がないと、もっというと根拠がないとしんどいです。
根拠が全くないだけの話は妄想でしかありません。逆に言えば、事実を適切に含ませれば
あなたの思考に説得力を持たせることができます。
ニュースや論文、本や新聞、youtubeやテレビ。今はどのような方法を使っても情報を収集できます。
しかし、注意しなければならないこともあります。その情報が本当に信頼できるかを知るために
一次ソースに当たる必要があるということです。
虚偽やデマを根拠にした意見は論理性を欠いてしまいます。
逆に知識をつけるだけで、論理的思考を鍛えるベースが構築できます。
本を読んで、筋道立てられた構造になれる
先ほどの話と被りますが、本を読むことは特に論理性の構築に貢献してくれると感じています。
本はほとんどの場合、校閲など第三者による監査を受けてから出版される。
だからこそ、本を書いている人は文章が上手い人が多いです。
もちろん、表現的美しさなどで人気のある人もいますが、実用書などは特に構造の勉強に最適です。
事実をいかに伝わりやすいかを念頭に書かれている本が多いです。
直接的な関係のある論文ではありませんが、読解力に当たる力が多いと論理的推論や問題解決能力と関係があるという論文もあります。
調査対象が小学生のものになりますが、読書をすることによって論理的思考力が鍛えられる可能性はありそうです。
実際私も論理的思考はほとんど本で培った感覚です。
本を読むことによって論理的思考について触れる機会を得られたという気がしております。
なぜそう考えたのかを自問自答し、筋道を拾う
私は個人的にこの筋道を拾うという表現を気に入っています。
論理的思考ができる人というのは最初から筋道立てて考えるわけではありません。
筋道とならないような思考もたくさんあるわけです。
特に頭の回転が速い人はいろいろなことを思いついたり、考えたりするわけです。
その中で自分の考えから筋道を構築するイメージです。

その時にフックになるのが「何故その考えに至ったのか」です。
私はこれを直下掘りと呼んでいます。綺麗な筋道を掘るためには
真下に掘るのが一番効率的です。
どうしてそう思うのかを真っ直ぐ下に掘るからこそ、他者から見て綺麗で筋道立てた理論に見えやすいです。この直下ぼりが結構論理的思考力を鍛える手段として最適です。
他者から自身の意見について適切なフィードバックを受ける
これが正直自身の発言が論理的かを確かめるのに一番いい方法です。
自身がこの人はすごく理論的な考え方をしていると感じる人にアドバイスを求めてみましょう。
自身の意見をその人の前で論理的に話そうとしてみてください。きっとうまく話せないと思いますが、それでもめげずに伝えてみましょう。
その後に、その人に自分が言ったことをもう一度説明してもらってください。
自身とその人の話し方の乖離を見て少しずつ修正していきましょう。
それの繰り返しで論理的な話し方を習得することができます。
これによって論理的思考と論理的語り方を一緒に鍛えることができます。
まとめ:論理的思考は、才能ではなく整え方である
論理的思考と聞くと、生まれつき頭のいい人だけができる特別な能力のように感じるかもしれません。
しかし、筆者はそうではないと考えています。
論理的思考とは、最初から綺麗に考える力ではなく、頭の中に浮かんだ考えから「筋道を拾う力」です。
そのためには、知識をつけること、本を読むこと、なぜそう考えたのかを直下掘りすること、そして他者からフィードバックを受けることが大切です。
感情や直感も大事です。ただ、それだけでは他者に伝わりにくいことがあります。
自分の考えを他者に伝わる形に整える。そのための共通言語が、論理的思考なのだと思います。
論理的思考は、才能ではなく訓練で少しずつ身につけられるものです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
また、自身の疑問についてもいろいろ書いていければと思います。


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