説明深度の錯覚とは?ファスナーの実験が暴いた「わかったつもり」

思考を強くする

ファスナーは、どうして閉まるのでしょうか。

「金具を引くと、左右の歯がかみ合うから」

なるほど。では、その金具の内側はどんな形で、どうやって歯をかみ合わせているのでしょう。

最初の質問には答えられても、ここまで聞かれると、急に言葉が止まるかもしれません。毎日のように使っていて、動く様子も知っている。それなのに、仕組みを説明しようとすると怪しくなる。

この「知っている感じ」と「説明できること」のずれを扱った、面白い心理学の実験があります。テーマは説明深度の錯覚。自分の理解を、実際より深く見積もってしまう現象です。

説明しただけで、自分の理解に対する評価が下がった

2002年、心理学者のLeonid RozenblitとFrank Keilは、身近な道具の仕組みを人がどれほど理解していると思っているかを調べました。題材には、ファスナーや水洗トイレ、ミシンなどが含まれていました。

実験の中心になる流れを、簡略化すると次のようになります。

① 理解度を自己評価

どのくらい仕組みを理解していると思うか。

② 詳しく説明する

実際に、道具が動く仕組みを言葉にする。

③ もう一度自己評価

説明を試みると、理解度の評価が下がった。

原著の実験手順の一部を、筆者が図式化したもの。実験には、この後の質問や専門的な説明を読む段階もあります。

研究者たちは、このように仕組みへの理解を実際より深く見積もる現象を「説明深度の錯覚(illusion of explanatory depth)」と呼びました。出典:Rozenblit & Keil(2002)

この実験の面白さは、難しい知識を突然問われたことではありません。自分が「理解している」と思ったものを説明したら、その自信が揺らいだ。そこにあります。

「何が起こるか」と「なぜ起こるか」は違う

ここからは、実験を日常に引きつけて考えてみます。

ファスナーなら、金具を引けば閉まると知っています。これは、使うために十分役立つ知識です。でも、金具の内部で何が起きているかを説明するには、別の知識が必要になります。

筆者が考えた、日常の「使える」と「説明できる」の違い
知っていることまだ説明していないこと
ボタンを押すと掃除機が動くどうやって部屋の位置関係を把握するのか
冷蔵庫に入れると食品が冷えるどうやって庫内の熱を外へ移すのか
コードを実行すると結果が出るなぜその処理で、その結果になるのか

どれも、使い方を知っていることには価値があります。ただ、「使える」という実感の中に、「仕組みまで説明できる」という自信が混ざっていないか。そこが、この実験から考えたくなるところです。

名前を知ると、説明が終わった気になる

「AIだからできます」「アルゴリズムで判断しています」「心理的なバイアスが働いています」

こうした言葉は、話を整理するときに便利です。しかし、名前を置いたところで、その先の説明が止まっている場合もあります。

たとえば「おすすめ動画はアルゴリズムが選んでいる」と言えば、ひとまず答えた感じがします。でも、何を手がかりに、何を予測して、どのように動画を並べているのか。その部分は、まだ説明していません。

これは記事独自の例ですが、心理学を読むときにも同じ問いが生まれます。「それは確証バイアスだ」と名前をつけることと、実際にその場でどんな情報が選ばれ、何が見落とされたかを説明することは、別の作業です。

用語は理解への入口になります。その一語が、説明のすべてとは限りません。

この実験は「人間は何もわかっていない」という話ではない

ここで、結論を大きくしすぎないことも大切です。

この研究は、説明前後の自己評価などを通して、理解についての見積もりを調べています。説明に詰まった人の知性全体を判定する実験ではありません。また、あらゆる知識で同じ程度の錯覚が起きる、とした研究でもありません。出典:原著論文

私たちは、内部構造をすべて知らなくても道具を使えます。冷蔵庫の設計図を描けなくても、食品を保存できます。すべてを詳しく理解しなければ生活できないとしたら、朝食の準備だけでも大仕事でしょう。

大切なのは、「知らないことがある」という事実より、どこまで知っていて、どこから先を知らないのかという境目なのだと思います。

説明に詰まる瞬間は、理解の輪郭が見える瞬間

誰かに説明していて、途中で言葉が出なくなる。そんなとき、恥ずかしさを感じることがあります。「自分は全然わかっていなかった」と、必要以上に落ち込むかもしれません。

でも、その瞬間に初めて具体的になったものもあります。「全体がわからない」のではなく、「この部分と次の部分が、どうつながるかわからない」。ぼんやりした自信が、具体的な疑問に変わったのです。

この実験を知ると、「わかったつもり」は単に笑って終わる話ではなくなります。理解している感覚と、説明として取り出せる内容には、違いがある。その違いに気づくこと自体が、自分の知識を知る手がかりになります。

ファスナーを閉める動作は、今日も一瞬です。けれど、その一瞬の仕組みを言葉にしようとすると、見慣れた道具の中に、まだ知らない世界があることに気づきます。

自分の考え方を、もう少し知りたい人へ

理解の深さに加えて、他人からの注目も大きく見積もることがあります。スポットライト効果のTシャツ実験では、「みんなが覚えているはず」という本人の予測と、周囲の記憶の違いを紹介しています。

参考文献

Rozenblit, L., & Keil, F.(2002). The misunderstood limits of folk science: an illusion of explanatory depth. Cognitive Science, 26(5), 521–562. 論文 DOI

コメント

タイトルとURLをコピーしました